海外で働く

Interview 6 ベルギーで臨床心理士 

今回は、ベルギーで臨床心理士として独立して活躍されている川瀬まりさんにお話を伺いました。

 

川瀬まりさん Mari Kawase  Profile

大学卒業後、外資系企業に入社、役員秘書。退職後、大学に編入し心理学を専攻。卒業後ドイツで働いている婚約者とドイツで生活を開始、2007年末より夫婦でベルギー移住。UCL大学で心理学を学び、2012年に臨床心理士の資格取得、現在ブリュッセルにあるメディカルセンター勤務。

 

Centre Médicis
Avenue de Tervuren 236, 1150 Woluwe Saint-Pierre
www.solvoa.com

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Orangecareer Nakaishi (以下、N) : 現在ブリュッセルのメディカルセンターで臨床心理士をされているということですが、このお仕事はどの位されているのですか?

川瀬まりさん (以下、川瀬) : 資格を取ったのは2012年ですが、子育てがあって実際に働き始めたのはつい去年の2月からです。

N  以前は何を?

川瀬 : ベルギーに来る前はドイツのバイエルンにおりまして、ドイツでは専業主婦をしていて語学学校に通ったりしていました。バイエルンは裕福な家庭が多く、伝統的なカトリックの思想もあって、専業主婦でも肩身の狭い思いをすることなく、周りの日本人も働いている人は稀でした。その後主人の仕事の都合でベルギーに来たのですが、ここでは日本人の女性も働いている方が多く、私も働きたいと思うようになりました。何をしようかを考えたときに、以前大学で専攻していた心理学をやりたかったということを思い出し、ベルギーでUCL(ルーバン・カトリック大学)に入り心理学をやり直すことにしました。

修士課程の時に妊娠・出産をしたので、一度は教授の許可を得て赤ちゃん連れでの授業に挑戦したこともありました。途中で起きて泣き出し、すぐ教室を出ましたが・・・。こちらでは事情によって1年を2年かけてやるということが許されているので、それを2度申請してゆっくり自分のペースでやりました。

N : 子連れで授業出席などは、ベルギーならではですね。

川瀬 : そうですね、私の他にも妊娠中や子供のいる学生さんも多く、そういう面でとても寛容でした。

N :  少しさかのぼるのですが、学校卒業後から現在までの道のりを教えてください。

川瀬 : 日本の大学卒業後は日本で役員秘書をしていました。スイス系の会社で、フランス人と日本人の秘書をしていました。1年少し勤めた後、体調を崩してしまい退社したのですが、そこで心理学がどうしてもやりたくなってしまい、大学に編入して心理学を専攻しました。ただ、それはとても難しくて卒業はしたもののどうしようか考えていた時に、当時付き合っていた今の夫がドイツにいて、ドイツに来ないかと誘ってくれたので行くことにしました。

N : ご結婚はその時に?

川瀬 : 結婚はドイツにいる時にしました。

N : それでしばらくドイツにいて、その後旦那さんのお仕事の都合でベルギーに移ってきたわけですね。 現在のメディカルセンターでは、日本人の患者さん対象ですか?

川瀬 : センター自体はマルチランゲージを売りにしていて、外国人にも対応しています。私も他の国籍の方も対象としていますが、HPには日本人向けとなっていますね。

今の立ち位置としては、ベルギーにいる日本人の心理的な救急センターとなっていまして、いらっしゃる方はベルギー人やヨーロッパの人と国際結婚をしている方なども多いですね。でもゆくゆくはカップルや夫婦関係をテーマに、アジア人の方など他の国籍の方のカウンセリングもどんどんやっていきたいと思っています。

N : 日本人以外ですと、英語でのカウンセリングですか?

川瀬 : いえ、大学の授業がフランス語でしたので、フランス語の方が得意なんです。英語だとまだ心の裏側にあるものですとかカウンセリングにはなかなか難しいのですが、これも日々勉強で将来は英語のカウンセリングもやっていきたいと思っています。

N : フランス語はベルギーに来てから始めたのですが?

川瀬 : いえ、日本でも学んでいました。最初の大学がフランス語学科でしたが、あまり喋れなかったので在学中に1年間フランスのディジョンに滞在したりしましたし、日本ではフランス人の役員の秘書もしていたので、素養はありました。

N : UCLの授業もフランス語ですし、付け焼刃ではついて行くのは大変ですよね。

 

N : ベルギーに暮らす日本人の方では、どんな悩みを持つ方が多いのでしょうか。

川瀬 : 日本ではちょっとしたことであって、何気なく乗り越えてこられたこともこちらでは難しいことが沢山あります。日本だとストレスが溜まった時に発散する場所が沢山ありますし、コンビニもあるし、雑誌やTVも日本語でありますよね。こうした日本で当たり前のことがこちらでは得られないという小さい積み重ねなんですよね。

よく患者さんには、臨床心理士というよりは「心理的な便利屋として使いたいように使って下さい」と言っているんです。 自分のブラックな部分も、こちらの狭い日本人社会では出すところがなかったりしますが、私は守秘義務があるのでそれこそゴミ箱みたいに使ってもらっていいんです。この環境だからこそ、できることがあると思っています。

N : なるほど。私がベルギーにいたとき、ひょんな事からベルギー人の先生のカウンセリングを受ける機会があって、自分自身は特に悩みもなく受ける意味もないと思っていたのですが、受けてみたら自覚なく感じていた精神的ストレスが溢れてきて、ぶちまけてスッキリしたことがあります(笑)。ただ、その後本当にストレスを感じてしまう出来事があって、その先生の事を思い出したのですが、その時は日本語で聞いてほしいというのと、ベルギーで暮らすベルギー人の先生には感覚的にわかってもらえないのでは、という危惧もあってその時はカウンセリングに行くのはやめました。

川瀬 : ちょうどそういうことを私も考えていまして、ベルギーにいる外国人であるからこそのカウンセリングを打ち出したいなと。また私は逆にベルギー人の感覚がわからないこともあるかもしれないということで、コーセラピーといって、ベルギー人の先生と私とで両方でカウンセリングを行ったりもしています。

また心理学というのは実は細かく分かれていて、分野によってはさらに専門の先生を紹介したり、必要であれば専門の先生のカウンセリングに同席してサポートも行っています。

N : 今のメディカルセンターはどうやって見つけましたか?

川瀬 : 最初は日本大使館で日本語を話せる医師のリストに載せてもらったり、在住日本人が良く見るサイトや情報誌に載せてもらったり、日本人がよく通っている学校に行ってみたりもしましたが思うように認知度が広まりませんでした。でもある時このメディカルセンターがマルチリンガル対応を目指しているから連絡をとってみたらどうか、という話をしてくださった人がいて、連絡してみて勤務することが決まりました。人と人とのつながりというか、思ってもいないところから広がったというのはすごくありますね。

N : ベルギーで働く苦労などはありますか?

川瀬 : やはりベルギー人は良くも悪くも正直ですよね。嫌な時は嫌な顔をされますが、最後にこちらがニコッと笑うと向こうも笑顔を返してくれるので、それがコツかなと思って接しています。あと「察する」という文化がないので、言うと失礼と思って言わずに察してもらいたいのですが、それができないのでストレスになるということはありますよね。同じヨーロッパなのにドイツ人とも大分違って最初はびっくりしました。

N : ドイツ人はベルギー人と比べてどうですか?

川瀬 : ドイツ人も正直なんですが、ベルギー人ほど感情に走ったりはしないですね。ベルギーではキレたもの勝ち、みたいな所がありますが、ドイツではそこまで感情に流されないですし。ヨーロッパだから同じという考えだとうまくいかないですよね。こちらで大丈夫だったからこっちでも大丈夫、ということではないのは身をもって感じました。

N : ベルギーならではメリットはありますか?

川瀬 : やはり楽ですね。いろんな人がいるので、少しの違いは全く問題にならないですし、人目を気にしないで良いです。仕事でも個人の都合で時間が守れないとき、日本だと仕事なら何があっても行かなければならない、と思いますがここでは朝大渋滞で遅刻しても仕方がないとか、子供を理由に会社を休むことがベルギーでは普通に受け入れられたりしますよね。

例えばベルギーでは産後3か月で仕事に復帰するのが普通ですが、臨床心理士の資格を取るときに、日本で研修を受けなければならず子供が4か月の時にその研修を受けたのですが、日本では「4か月の子供がいるのに研修を受けるなんて自分勝手」だと、非常に風当りが強く、ベルギーとのギャップに驚きました。

N : このあたりの考え方や制度は、日本とヨーロッパでは全く違いますからね。

川瀬 : それでもベルギーのように3か月で仕事を復帰することに悪い面もありますよね。そうしてまで共働きで働かなければならない経済事情とか、まだ母乳が出るのにミルクに切り替えたり、3か月で保育園に入れられれる子供がかわいそうとか、制度は整っていますが、逆にそうしたくない人もそうせざるを得ないとか。

N : ただ、日本でも共働きではないとやっていけない家庭は増えていますし、そうせざるを得ずに仕事復帰している日本の親は皆さん苦労していますよね。

川瀬 : そうですね、最近は保育園が見つからない人のつぶやきがニュースなっていましたよね。ベルギーでは保育園が見つからないということはないので、やはり違いますよね。

N : ベルギーは暮らしやすいですか?

川瀬 : 最近はベルギー暮らしが好きになってきましたが、来た当初は冬だったので寒いし暗いし天気が悪くて嫌でした。あと食べ物はやはり日本の方がヘルシーで美味しいですよね。

N : 以前日本人学校で冬の過ごし方の講演されたんですよね。ベルギーの冬の乗り越え方のコツはなんでしょうか?

川瀬 : やはり基本的なことですが、規則正しい生活ですよね。それと朝日を浴びること、適度な運動、とにかく篭ってしまわないこと。太陽光に近いランプや、タイマーで徐々に明るくなっていく目覚ましランプなどもあります。

N : 今後の展望は。

川瀬 : まずベルギーに住む日本人のための、というカウンセリングで自分の中でこれというものを確立してやっていきたいと思っています。

それと、今セクソロジー(sexology)を勉強していまして、ベルギーはこの分野がすすんでいるのですが、AAAhの活動をさせていただいています。AAAhではセクソロジーの専門家が、わかりやすく一般の人に伝える活動をしていまして、情報サイトや講演、週末でカップルでお城に泊まって性の知識を学び、ロマンチックに過ごす企画なんかもあります。良い夫婦仲を保つために性生活は非常に大事だと思うのですが、日本ではまだまだそこに重点を置かないので、日本の方にもセクソロジーを伝えていきたいと思っています。

 

N : 最後に、海外に行きたいと思っている人のためにアドバイスがあれば。

川瀬 : 言い古された言葉ですが、人生一回きりなので、やらずに後悔するよりやって後悔した方がいいですよね。ただ、来るからにはある程度の覚悟をもって、自分に自分で責任を持つ、ということ。日本だったら問題なくいくことも、海外ではそうではないことも多いです。言葉の面も、仕事を見つけるのも日本よりも大変ですし、色んな違いを目の当たりにして慣れていないと衝撃を受けることがあると思いますが、でもそれを経験することで自分は確実に成長すると思います。

(終)

 

インタビュアーコメント: 

仕事のために海外にやってきたケースとは異なり、ご主人の仕事の都合でベルギーにやってきた川瀬さん。まずは自分は何をして働いていきたいのかという疑問と向き合う事から始まりました。

そこから逃げずに、大学に入って資格取得する努力をしてやりたかったことを実現させています。現在も医療センターでカウンセリングを行う傍ら、別の分野のカウンセリングの勉強を続けているなど、夢はつきません。穏やかな人柄と華奢な外見とは裏腹に、ベルギーという縁のない国で道を切り開いてきた逞しさは見習いたいですね。

Date of Interview : 24 April 2016

Interviewed by : Natsu Nakaishi ( Orange Career )

 

ABOUT ME
Natsu Nakaishi
大学卒業後日本で就職し、2004年にベルギー事務所へ赴任。ベルギー国内でのキャリアアップを果たし、イタリア事業所の部署スタートアップに抜擢される。並行して海外キャリア12年の経験を活かし、海外で働きたい女性のための情報サイト Orange Careerを立ち上げる。 英語圏の滞在経験ゼロから英検1級‣TOEIC950点取得、フランス語DELF B1他、オランダ語・イタリア語習得のマルチリンガル。