Interview12 パリのパティスリーで広報・コミュニケーション 

パリに在住し、パティスリーで広報・コミュニケーションを担当している森本愛さんにインタビューしました。

 

森本愛さん  Profile

大学在学中に1年間フランス・ディジョンに語学留学。その後パリに移り就職活動、映像プロダクションに3年程勤務。帰国後フランスの有名パティシエ、ピエール・エルメの広報職、ギャラリー勤務を経て再び渡仏し、リヨン大学コミュニケーション学科に編入。大学院でのスタージュでパティスリー、セバスチャン・ゴダールと出会い、そのまま入社、現在はゴダール氏の片腕として広報から人事までブランディングコミュニケーションを担当。一方でフランス語のオンラインスクール「フランス・ダイレクト・スクール」で講師を務める。パリでオリジナルな旅をしたい、フランスで活躍したい日本人女性をサポートする「パリライフコレクション」を有志と立ち上げ活動中。一児の母。

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オレンジキャリア 中石(以下、N) : まず今までの経緯を教えてください。

森本愛さん (以下、森本): 高校卒業後希望した大学に入れず、入学した大学は途中でやめてしまいまして、20歳の時に弟がいたニューヨークに3か月ほど滞在しました。そこで初めて海外に出たのですが、NYでメトロに乗った時に、色んな肌の色の色んな人種がいることにとても感動しました。世界の縮図を見たような気がし、自分はなんて小さいことで悩んでいたのかと思いました。それでもう一度行きたい大学を受験しなおし、希望した大阪外大に入学し国際関係学を学びました。専門語してフランス語を専攻し、3年の時に一年間フランスのディジョンに語学留学しました。

N : マスタードが有名なブルゴーニュ地方の都市ですね!

森本 : そうです、勉強するにはとってもいい環境でした。留学を終えるころにブルゴーニュ音楽祭があって、茶道のデモンストレーションをしたのですが、その時知り合ったパリ在住の日本人の方が、「パリで仕事をさがしたらどうか」と言ってくださいました。それでインスピレーションを得て、仕事もなく実家からの経済援助もない状態でパリに行きました。

N : 仕事が決まる前にもう引っ越したと。思い切りましたね。

森本 : 色んな人にそう言われました(笑)。その時学生ビザが切れる直前でだったので必死になって仕事を探し始め、ある映像プロダクションに就職することが決まりました。応募には労働許可証があることが必須だったのですが、半年間は語学学校に通って学生ビザを更新して、試用期間としてアルバイトで働き、半年後に就労ビザをとっていただいて正社員になりました。それから3年間はみっちり映像の世界で働きました。

N : それは日本の会社なのでしょうか?

森本 : 日本人の社長がフランスで作った会社で、社員はフランス人と日本人が半々でした。主に日本の広告フィルムを扱っていて、日本企業のコマーシャルでヨーロッパで撮影するフィルム、私はその撮影コーディネーションをしていました。

N : 面白そうな仕事ですね。

森本 : すごく面白くて刺激的な仕事で、ジェットコースターのような生活でした。日が出る前か撮影のためにスタンバイしたり、俳優さんやスタッフのケア、撮影場所の手配などですね。

N : なるほど。ところでブルゴーニュに来た時は日本の大学生だったわけですが大学は辞めたのですか?

森本 : はい。ブルゴーニュから移る時に、もう「パリで仕事をする」という直感があって、何も決まってはいなかったんですが突き進みました(笑)。仕事を探しているときも、何十件と電話を掛けていくうちに慣れてきて上手になってきて、ゲーム感覚で楽しくなってきて。

N : 断られるごとに凹む人が多いと思いますが、すごくポジティブですね。

森本 : でも、その時に電話に出てくれた方とお話して、そこでの就職がきまらなくても茶道のプレゼンに誘っていただいたり、何かとつながりがでてきたりと、会社と自分というよりも、人と人の関係として思えるようになりました。

N : 結局は人ですよね。映像プロダクションを辞めたのはどうしてですか?

森本 : そこでは3年程働いたのですが、ブルゴーニュのゲランドという塩田での撮影の時に、そこで働いている方が「自分はゲランドから出たことがない」と仰ってました。日が昇る前に塩田に出て、夕方や雨が降ったら家族で過ごし、他に何が必要なのか?と。そこでショックを受けてしまって。

遠い日本からフランスに来て、何千万単位の予算でコマーシャルを作って、ジェットコースターのような生活で自分がすごいことをしているような気になっていましたが、それはその会社だったり皆がすごいのであって、自分は何をしているんだろうと。仕事はとても楽しかったし、周りにはとても良くしてもらっていましたが、このままでは良い方向に行かないと思い一旦リセットして退職し日本に帰ることしました。

N  : そのゲランドの人の言葉をきっかけにそこまで考えたということですね。地に足をつけて幸せにやっている人を見て、自分は地に足がついていない、と?

森本 : そうです。ゲランドからの帰りの電車の中で決めました。自分の実態がないという空虚感のようなものを感じてしまいました。それで、東京で仕事がしたくて、またしても東京に知り合いもいないのに東京に引っ越しました(笑)。

N : ご実家は関西ということですが、なぜ東京に? 

森本 : 一度東京で仕事をしてみたかったんです。それとディジョンで知り合った日本人の方が、「あなたは広報に向いている」と、日本に帰るなら東京の広報プロダクションの知り合いを紹介をすると言って下さって。広報のことは全く知らなかったのですが、彼女がいうなら「自分は広報だ」と思い込み(笑)、その事務所を訪問しました。そこには当時フランス絡みの案件はなかったのですが、たまたまピエール・エルメ(パリの著名ショコラティエ)で広報を探しているからどうか、というお話を頂きまして。面接に行って採用していただきました。

N : 実際にはどのような業務をされましたか?

森本 ; 主にプレスリリースを作成してメディアにコンタクトを取ったりプレスイベントの企画、顧客イベントの企画、取材対応、ピエール・エルメ氏が来日した時のケアなどですね。広報で一番大事なのはあらゆる部署をつなぎ、外に一つのメッセージを伝えなければならないということです。大事なエッセンスだけを、いかにわかりやすい言葉で伝えていくかという、メッセージを削るマイナスの作業の重要さや言葉と写真の力を学びました。映像の世界でコーディネーションをしていたことはとても役立ちました。

しばらくしてちょうど父が他界し、そのショックで母が体調を崩してしまったのをきっかけに退職して実家に戻り、大阪の中宮画廊という所でくことになりました。週に一度の展示会の運営や海外のオークションの書類作成などのお手伝いをしていました。

N : ギャラリーというと今までと全く違う世界ですが、迷いはなかったですか?

森本 : 全くなかったですね。映像プロダクションの時も、ピエール・エルメの時も面接などで出会う経営者の方々とお話して強いご縁を感じ、一緒に仕事をしない方がおかしいというような気持が芽生えるんですよね。

それと同じことギャラリーでの面接でも感じました。きっと履歴書を見る限り私より素晴らしい経歴の方は沢山いらっしゃったと思うのですが、未経験の私が採用されたという事は心のつながりというかそういうご縁があったのだと思います。社長には絵の見方だけでなく、絵を通じて人生の見方のようなものを教わりました。

やはり何十年も絵を見る仕事をしてきた方なので、例えばユトリロの絵を見ても私には何もわからないのですが、社長は「これはアルコールにおぼれて、つらい時代書いたからこの白なんだ」というようなことを沢山見せて頂きました。それで本物や、ものの本質を見ているうちに自分に返ってきて、私も改めて自分が求めるのは何だろうとういことをきちんと考えるようになり、フランスに戻ることを決心しました。

N : 社長さんの教えから自分の本質に立ち返って考えたということですね。なぜフランスだったのですか?

森本 : 一番の理由は自分も本質を見極める目を持って生きていきたい、という強い思いがあります。そして、私の仕事のツールとしてのコミュニケーションがあるわけですが、このコミュニケーションとしてのフランス語を体系的に学びたい、という欲求がありました。

N : フランスに戻って大学に入ったのですよね。

森本 : リヨン大学のコミュニケーション学科の修士課程に編入しました。コミュニケーション学、情報処理学、社会学、ジャーナリズム、と実に幅広い内容で毎日それは大変でしたが、その分とても充実していました。修士の後大学院に進みましたが、大学院では大学の授業とは全く違って、スタージュ(注1)が6か月位間あるなど、とにかく実践に近いことを学びます。それでスタージュの研修先でセバスチャン・ゴダールを選びました。

他にもいくつかプレス関係の事務所から(スタージュの)OKを頂いていたのですが、セバスチャン・ゴダールがその中で一番小さい会社で体制があまり整っておらず、未知の領域が大きかったんですね。スタージュを終えたときに、そのままそこで仕事をしたくなってしまい、セバスチャンが私のためにプレスというポストを作ってくれたということもあって、大学院には戻らずそのまま就職してしまいました。それが4年前です。

N : それで今に至るわけですね。元々はプレスだったということですが、今は幅広い業務をされているわけですよね。

森本 : 若い会社で、セバスチャンと私以外はパティシエだったり販売員の方々などで、事務所で働くスタッフがいなかったんです。私は幅広くやるのが好きなので、それをセバスチャンが見抜いたのか、少ししてからプレス自体は外注し、私には社内広報と社内コミュニケーション全般、セバスチャン自身ができないこと諸々をやるようになっていきました。

N : 今の仕事でのやりがいは何ですか。

森本 : 日本人である私現地の人のポストに就いて仕事をすること自体、私にとっては大きなチャレンジだった訳ですが、今は国籍関係なく人間対人間としていかにお互いに高めあい、いい結果に導いていくかということが大切なのだと思うようになりました。それぞれが得意分野を生かし、一つの目標に向かって進んで行く、自立しながらもチームプレイ、というスタイルが自分にとても合っていると思います。そこで自分の強みを生かしていい仕事ができた時、そのことで周りにも喜んでもらえに一番やりがいを感じます。

 

最初にパリにいたときに、ある人から「貴方はフランス語が上手かもしれないけど、フランス語だけではだめ」、と言われたことがあります。そう言われると、若い時は手に職をつけなければならないのではといか不安になりますよね。でも、今それだけでもそれでいい、と胸を張って言えます。そこから続けて極めていけば、見えてくる世界がある、と。

 

 

 

N : フランスで働くメリットは? 

森本 : 今は子供が2歳なので出産後は週4日勤務にさせていただいています。そういう所はフランスはとてもフレキシブルです。それで残りの時間を家族との時間や自己投資のビジネスの勉強の時間、新しいプロジェクト「パリライフコレクション」に関する業務日本のフランス語オンラインスクールの教材作りの時間にあてています。

産休が終わって復帰するか迷いましたが、共働きが普通の社会ですし、私がすごく尊敬する女性が「子育ては時間でなく質だ」と言って下さったのと、母親が楽しそうに働いている姿を息子に見せたいという思いや私自身社会とつながっていたいという思いがあり、復帰しました。法律や会社や周囲が助けてくれる国で恵まれているなと思います。もし私がやりたいことを実現できず、不幸になってしまったら夫婦喧嘩も増えるし、子供のためになりませんので。 それと残業がないこと。上司が働いているから残らなければということもないですし、バカンスもちゃんと長くとれますし、家族優先な所が良いです。

N : 逆にデメリットは。

森本 : 日本のように阿吽の呼吸がないので、自分の考えをきちんと説明しなければならないです。フランス人は自分を守るので、そこをどうやって丸く収めるかですね。

N : それを丸く収めるコツは?

森本 : 美しいフランス語で冷静に嫌味をいう事ですね(笑)。冗談です。でも自分の意見をきちんと述べることを怠るとこの国ではやっていけません…。そういう痛い思いを何度もしたので、今は人と反対の意見でもさらっと、カラッと、言うようにしています。友人ともそうやって、本心でぶつかりながら本当の友情が育まれていると思うんです。それをやらないとなめられるので、上司にも意見を言うようにしています。自分から頑張らなくても、上司から意見をたびたび求められる、それがフランスの職場なので、そうするしかないんです(笑)。でも、それをすればお互いに理解が深まりますね。

N : フランスで仕事をしたいと思っている人にアドバイスがあればお願いします。

森本 : 将来フランス語を使って仕事をしている自分のイメージをしっかり鮮明に日々持ち続ける、ということでしょうか。実際に私がそうでした。たとえ現実がかけ離れていたとしても、そのイメージだけは持ち続けて、今こうやって仕事ができていますから。まず自分で自分の未来を信じてあげる、ということはとても大切だと思います。それから、自分と人との違いを受け入れる心の広さを持つ、ということでしょうか。なかなか一筋縄ではいかないのが海外での仕事です。様々な文化背景を持った人が共存しているフランスではなおさら、他を受け入れる柔軟さが問われるように思います。言葉のことで一番大事なのはフランス語の基礎をできるところまでしっかりやるということですね。あとは仕事をしながら否応無しに伸びていきますから。ただ、この時に「いい伸び」を持つためにも、基礎は大事だと思っています。

N : 最後に現在活動中のプロジェクト『パリライフコレクション』について教えてください。

森本 : 私がフランスに関ってもう15年以上になり、こちらに暮らして10年以上経つ訳ですが、私はフランスに大人にしてもらった、という気持ちがあります。初めての仕事も、家族を持ったのも、出産も、人生で自立していくうえで大切な経験はすべてフランスでいただいているんです。現在こうやってフランス社会で日本人として仕事ができていることも。2年前に長男を出産して以来、日本ともっと繋がる活動をしたい、私が提供できるオリジナルなことって何だろう、と、考を巡らせてきました。

そんな中、日仏のビジネス世界で最先端を行く織田武さんとお話しする機会がありました。そこで、「じゃあ思いを形にしましょう」、と言っていただいて『パリライフコレクション』に繋がったわけです。一言で言うと「フランスで活躍したい日本人を応援するプログラム」、「旅行であれ留学であれ、フランス滞在を10倍充実したものにするプログラム」です。フランスやパリと関わりたい方の滞在や活動をサポートする活動を行っております。

Nありがとうございました。

 

 

 

(終)

(注1) スタージュインターンシップのこと。大学生、大学院生などが企業に研修生として入り、実際の勤務を経験する。大学の単位として認められることが多く、ヨーロッパでは一般的。

 

インタビュアーコメント: フランスと日本で様々な経験を積んでいる森本さん、一見キャリアはバラバラのように見えますが、一貫しているのは自分の感じたことや信念、人とのつながりを大事にして動いているということ。この職を辞めたら、今この年齢で留学したら、海外に出たら、という先の不安は誰にでもあることですが森本さんはその都度思い切って行動してきたからこそ今のポジションがあるのだと思います。長年フランスに関わり、仕事や大学、プライベートで経験されたことを活かした次のプロジェクト、さらなる進化を遂げる森本さんに注目です!

Date of Interview : 29 April 2016

Interviewed by : Natsu Nakaishi ( Orange Career )

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この記事の著者

Natsu NakaishiOrange Career 代表

大学卒業後日本で就職し、2004年にベルギー事務所へ赴任。ベルギー国内でのキャリアアップを果たし、イタリア事業所の部署スタートアップに抜擢される。並行して海外キャリア12年の経験を活かし、海外で働きたい女性のための情報サイト Orange Careerを立ち上げる。
英語圏の滞在経験ゼロから英検1級‣TOEIC950点取得、フランス語DELF B1他、オランダ語・イタリア語習得のマルチリンガル。

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コメント

    • ひろろぼ
    • 2017年 12月 28日

    まさに、雲の上の存在になりましたね!頑張れよ

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